雪の下の大夕張
2000年1月29日 大夕張

(文・写真ともに山口公久さん)


歩道橋より
(駅前方面)
歩道橋より
(緑町方面)
歩道橋より
(鹿島小跡)
歩道橋より
(岳富町方面)
歩道橋


いつもホームページを楽しく拝見しています。
私は大夕張炭砿が閉山した年に生まれ,
大阪でずっと育ってきましたので,
鹿島地区が栄えた時は知る由もありません。
そんな私ですが,なぜこんなにも大夕張にひかれるのか
自分でも不思議でした。
でも飯田さんのHPを見ているうちに
その理由がわかってきました。
それは,都会では希薄になっている人間関係が
大夕張にはあったんだなと。
そして自分もそのあたたかさにふれてみたいという
気持ちだと思います。
今となっては街はなくなってしまいましたが,
インターネットを通じて住人の方々がつながっている。
すばらしいことだと思います。
これからもこの和を続けてもらう様お願いします。
影ながら応援しております。

山 口 公 久
caz97250@pop06.odn.ne.jp

神社跡 栄町
商店街跡
官行
発電所跡
南部
ラッセル車

【山口さんの投稿より】

(710)行ってきました 投稿者:山口  投稿日:02月04日(金)00時23分50秒
飯田さん、みなさんこんばんわ
先日、札幌に行った時に大夕張まで足をのばしました。
当日は、北海道らしくない暖かく良い天気で
夕張までの道も積雪はありませんでした。(雪道に不慣れな私には助かりました)
清水沢からは雪道走行となりましたがなんとか南部に、
ここで度々、話題になっていた客車を遠巻きに見ました。
とても威風堂々としていて今にも動き出すんじゃないかと思うほどでした
南部を後にしていざ鹿島へ
鹿島は雪深かった。人のいなくなった町は容易に侵入を許さなかった
仕方が無いので富士見町の歩道橋の上から町を眺めてみました
ここにかつて2万人もの人口がすんでいたのか・・・
私は2、3件の廃墟しか無くなってしまった町を長い間ながめていました
多くの人々がここで産まれ、笑ったり、怒ったり、恋をしたりしたんだろうな、
そんな事を考えていたら懐かしいような、悲しいような妙な気分になりました
そして、帰路につこうと車を走り出した時、建物の影からこっちを見る視線が!
車を止めて近寄ってみると鹿島にはまだ住人がいや、住犬がいました。
しかも、3匹も。
親子か兄弟か、呼んでも決してこっちに近寄ろうとしない誇り高い野良でした
雪深い中でどうやって生活してるのか気になりつつ鹿島を離れました。
以上が今回の大夕張の旅でした。
出来れば今度は夏にでもゆっくり訪問したいです。