NEWS 1973 全山大会(S48.6.30)  @@画像をクリックすると拡大されます@@
<<ここをクリック (録音 山中佐喜男さん)
大夕張閉山への歩みを当時三菱大夕張炭鉱労働組合松島書記長は次のように伝えます。
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「昭和47年1月28日,採炭計画明示を求めて団交開始。明らかにされない会社計画(中略)『計画が出ないのは大夕張炭鉱だけだ」あせった長計がでないのはもしかして閉山でも・・・いや,そんなことはない,そんなそんなことはない,(中略)48年4月19日,運命の日とも言うべき臨時経協の申し入れ,「大夕張を閉山し,仲間500人は南夕へ」と,恐れていた,一番恐れていた会社の提案,組合員の顔,2000名からの組合員,どうするだろう,種々の考えが胸につかえる。(中略)かつてない早さで政府調査団も入る。だが結果がでない。(中略)6月13日ついに政府調査団は労使に大夕張存続は不可能,労使で決着をつけよと宣告。闘いは条件闘争へと移行し,地域再開発,大夕張を蒸発させない総ての手段と退職条件に力点に力を置き解決を図った。(中略)その後の組織内部の手続きなどは別として全山投票は6月29日,全員解雇として山を閉じることとなった。
【文・写真とも 組合解散記念誌 『未来に向かってたくましく歩もう』より】

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