加川写真館

(昭和50年代 / 泊川俊徳さん撮影)  @@@画像をクリックすると拡大表示されます@@@


【みなさんの投稿より】

(1815)北のアルバム―大夕張のワンハンド・フォトグラファー 投稿者:飯田雅人  投稿日:2002年03月29日(金)18時51分33秒

日本聞き書き学会という人や地域の歴史を「聞き書き」という手法によって,
後世に伝えていこうという学会があります。
そのための様々な事業を行っているようですが,平成13年度,第2回
「松浦武四郎賞」聞き書き応募作品のノミネート作品の中に,大夕張の
写真家加川三郎さんを取材した

     「北のアルバム―大夕張のワンハンド・フォトグラファー」       

という作品があります。加川さんのお話を聞き書きされた 田森睦夫さん
も大夕張出身で大夕張幼稚園の頃から加川さんに写真を写してもらってい
たというようなことが書かれています。昭和45年に鹿島小を卒業されて
いる方のようです。

大夕張の歴史を聞き書きによって後世に残すには,加川さんのような方は
本当にうってつけだと思います。
鹿島小の米沢先生の話,日本画家の蔦武士さんの話,終戦直後の混乱期の
話,加川さんの話は様々な大夕張を物語っていきます。

このような聞き書きによって大夕張の記憶が残されていくのはたいへん嬉
しいですね。

この作品が集録されている「北海道聞き書き隊選集」(3月15日発行 
日本聞き書き学会)は,日本聞き書き学会事務局にメールで申し込むと
1冊1500円(送料込み)で送ってもらうことができます。

メールアドレスはinfo@kikigaki.gr.jpです。

日本聞き学会のHPもあり,下のあらすじは,そこに出ていたものです。
HPへのリンクをはっておきます。

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加川三郎 語り 

「北のアルバム―大夕張のワンハンド・フォトグラファー」

聞き書き 田森睦夫
〔あらすじ〕

 一九九八年、空知地方の一つの〈まち〉がなくなった。―「大夕張」。
三菱炭鉱の町として栄え、全盛期には三万人の人がいた夕張鹿島地区の山間の町である。
 大夕張で生まれ育った「聞き手」には、夕張岳や森林の豊かな自然の風景とともに、
忘れることのできない人物がいた。「聞き手」の幼稚園時代から青年期までマグネシュ
ウムを炊いて写真を撮り続けてくれた片腕のカメラマン・加川三郎さん(八〇歳)である。
 昭和四年(一九二九年)、親に連れられて道北の美深から南大夕張へやって来た加川さん
は、長じて独立し大夕張へ移って三菱炭鉱の下請会社の「ずり場」で選炭の仕事に就く。
しかし、始めて六か月目に機械に巻き込まれ、左腕をなくす。一八歳の時だった。
 入院した病院の看護婦さんの「手なくたって何ぼでも世の中渡れるから」という言葉に
加川さんは励まされる。そして事故の時、機械から手をはずしてくれた同僚は仙台の写真
学校を出て副業で写真屋をやっていた。「加川さん、写真屋だったら片手でもできるから、
やんなさい」。写真屋になることを決心した加川さんは、昭和一四年上京。写真学校に入
り、二一歳まで三年間修行した後、昭和一七年、大夕張でたった一人の写真館を開業する。
 戦時下、多くの朝鮮人・中国人労働者が大夕張にも連れられてきていた。ある時加川さん
は、中国人労働者四〇〇人全員の顔写真の撮影を頼まれる。中国人労働者が収容所から逃げ
出した時の指名手配用の写真だという。隊長が副隊長を殺した殺人事件もあった。その現場
写真も加川さんは撮った。
「夜ね、寝てても思い出すんだ。現像する時嫌だったねえ」……。
 炭鉱マンが多い中で唯一、一般人で大夕張に最初に住居を構えた「片腕のカメラマン」と
して、戦前戦後を通じた五〇年間、大夕張の「ひと」と「出来事」を撮り続けてきた加川さ
ん。その語りは、まさに大夕張の歴史そのものである。おそらくは断片的であろう加川さん
の〈記憶〉を「聞き手」は粘り強く掘り起こし、一つの町の歴史の再現に成功した貴重な
「聞き書き」が本作品である。 
                                                 (日本聞き書き学会HPより)
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http://www.kikigaki.gr.jp/


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